「儚げで美しい様は、四月生まれの母に相応しく…。」
そんな一節が綴られた、一通のお便りが届きました。
このたびお選びいただいたのは、ガラス位牌「水音」。津軽びいどろの、薄紅のお位牌です。
薄紅という色は、平安時代から続く日本の伝統色なのだと、お客様は教えてくださいました。
鮮やかすぎず、淡すぎることもなく、光のあたり方でほんのりと表情を変える——ひとことでは言い表しにくい色です。
その「儚げで、美しい」色合いが、四月生まれのお母様に相応しく感じられた。
お客様のその一行から伝わってきたのは、ガラスの色そのものよりも、その色を通してお母様の面影を見つめておられる、ご家族のまなざしでした。
色を選ぶという行為は、ときに、その方そのものを思い返す時間なのかもしれません。
どんな人だったか。何を好み、どんなふうに笑っておられたか。お位牌の前に立つたびに目にすることになる色を、ご家族で選んでくださったこと。それは、私たちにとってありがたく、また光栄なことでした。
お母様は、庭の池が大好きな方だったそうです。
「水音」という名は、水のほとりにいるときの、あの静かで、どこか心がほどけていくような時間を、お位牌のかたわらにも宿せたら——という願いから付けたものでした。
ですから、「家族は『水音』に温かく見守られている心情です」とお書きいただいたことには、特別な思いがあります。
名前にこめた願いが、つくり手の手を離れ、お客様ご自身の物語のなかで新しい意味を持って息づいていく。ものをお届けする仕事をしていて、これにまさる手応えはありません。
そして、お便りはこう結ばれていました。
「四十九日に間に合い、無事に仏の国に往くことが出来たと思います。」
この一文には、大切な方を見送られたご家族の、安堵がにじんでいるように思います。
大切な方を送る準備には、限られた時間のなかで、決めなければならないことがいくつも重なります。そのなかで、お母様にふさわしいものを、と心を尽くして選んでくださったこと。そして、その大切な節目に間に合い、ささやかながらお役に立てたこと。私たちにとって、これほど嬉しいお知らせはありません。
ここで、このお位牌「水音」が、どのように生まれたものなのか。少しだけ、お話しさせてください。
「水音」は、私たちが青森まで何度も足を運び、津軽びいどろの伝統工芸士・篠原さんという職人と、何時間も語り合いながら形にしていったお位牌です。
どんな色なら、大切な方を想う場所にふさわしいか。光をどう受け、どんな表情を見せるガラスなら、毎日かたわらに置いても飽きず、静かに寄り添ってくれるか。一度の打ち合わせでは到底足りず、訪ねては話し、また訪ねては話し、を重ねました。職人の手と、私たちの願いとを、少しずつすり合わせていくような時間でした。
今回お選びいただいた薄紅のあの微妙な色合いも、篠原さんと幾度も確かめながら決めていったものです。
ですから、お客様がその色を「お母様に相応しい」と感じ、選んでくださったこと。そして遠い場所で見守られていると思ってくださっていること。それは、私たちだけでなく、青森でこのガラスを生んでくれた篠原さんにとっても、きっと何より嬉しいことだろうと思います。
私たちは、お仏壇やお位牌を、ただの「もの」だとは考えていません。
大切な方を想うための場所であり、悲しみと、感謝と、これからもつながっていたいという願いとを、そっと受け止めてくれる存在だと思っています。
だからこそ、青森まで通い、職人と何時間も言葉を交わしてでも、心から納得のいくものをお届けしたいと考えています。
そうして手間を惜しまず生み出したひと粒の薄紅が、ご家族の暮らしのなかで、お母様を想うよすがになっている。
お客様が、ご自身の言葉で想いを綴り、お写真まで添えてお便りをくださったことは、私たちにとって、何よりの便りでした。
このたびは、心のこもったお便りを、本当にありがとうございました。
お母様が好きだったという庭の池のほとりのように。
「水音」が、これからもご家族の傍らで、静かに、優しく寄り添い続けてくれますように。
そして、お母様の安らかな旅立ちを、心よりお祈り申し上げております。





















































































